9/9、滝尻~近露を歩いてきました。 二回目になります。 今年の2月に滝尻王子~牛馬童子まで80名くらいの団体のウォークに参加しました。 その時は、約14kmを先を争うかのようにただ歩くだけで、古道沿いにある王子跡やそれらの標示板などもさっと見る程度でした。 滝尻王子からの最初の急登が少しきつかったことと、お昼の休憩をとった十丈王子での様子、ゴールの牛馬童子口から、せっかくここまで来たのだからと希望者だけ牛馬童子まで見に行ったことなどが記憶に残っています。 2/4 中辺路(滝尻王子~牛馬童子口)
今回は少人数だったので、ゆっくり見て回りました。 朝5時過ぎに新宮を出発して、ウォークゴール地点の近露王子の近くに車を停めて、そこから龍神バスで、スタート地点の滝尻まで行くことにしました。 通る車の少なく、新宮から近露まで45分で着いてしまい、バスの時間(7:11発)までには1時間近くもあります。
ゴールの近露王子を先に見ることにしました。 近露王子は初めてです。 意外に広く、前にベンチも置いてありました。 バス停を確認しに行って、まだまだ時間があるので、そこら辺を少し歩いてから、しばし車の中で待機。
← 朝の日置川(近露)
バスには眠そうな顔をした乗客が2人。 近露から滝尻までは20分くらいです。 バスの料金は500円くらいかと思っていたら、ちょっと高く720円でした。 滝尻王子の前に熊野古道館という建物があります。 一度入ってみようと思っていますが、時間の関係で今日もパス。 滝尻王子の隣のおみやげ物屋のおじさんが元気良く「おはようございます!」と声をかけてきました。 朝7時半過ぎ。 まだ時間が早いのか、団体バスは一台も来てないようです。 リュックを背負った女性二人連れが歩いています。
滝尻王子は熊野九十九王子の中でも、五体王子(藤代王子、切目王子、稲葉根王子、滝尻王子、発心門王子)の一つで、格式の高いところといわれています。 王子とは、熊野権現の御子神をお祀りしているところで、熊野御幸が盛んだった頃には、ここで皇族や貴族たちによる奉幣、歌会、神楽などが行われました。 滝尻王子は、熊野三山への霊域への入り口とされており、王子社の前には宝篋印塔と笠塔婆(熊野三百町石のひとつ)が残っています。 どうしても社殿の方に目がいき、今、考えるとあまり良く見てきませんでした。 次回は、ここをよく見てこようと思います。
王子社の裏から、いよいよ急登が始まります。 15~20分くらいで左手に「胎内くぐり」、右手には「乳岩」があります。 ここでのガイドで欠かせないのは藤原秀衡のエピソードです。 40歳を過ぎても子宝に恵まれなかった藤原秀衡が熊野権現に祈願をしたところ、願いがかない、夫婦で東北から熊野参りへやってきます。 秀衡の妻がここでにわかに産気づき、赤ちゃんが生まれたのが、「胎内くぐり」の岩屋。 それでここをくぐると、安産に恵まれるといわれています。 熊野権現のお告げで、赤ちゃんを岩屋に置いたまま本宮へ向かい、戻ってみると、赤ちゃんは岩からしたたり落ちる乳を飲み、狼に守られて育っていたといういわれがあるのが「乳岩」です。 岩の下に小さな石仏がちょこんと置かれています。
「乳岩」のすぐ横を通り、登っていくと「不寝(ねず)王子」があります。 この名前の由来ははっきりとはわかっていません。 そして道標の1番があります。 この道標は滝尻王子から本宮大社裏手の祓戸王子の75番まで500mごとに建てられており、コースの確認や歩く目安にしたり、また何か緊急の場合の位置の連絡の際にも使えます。 この日は風もまったく無く蒸し暑い日でした。 近露の道標26番まで歩くというのに、1番でもう汗だくです。
観光マップにはその先に、歌声ポイント、ヤッホーポイント、ホラ貝ポイントなどが載っているのですが、見当たりません。 草むらの中にあったかもしれませんが、蛇がいそうなのでむやみに入っていくこともできず、ちょっと残念でした。
高原(たかはら)熊野神社に着いたのが9:40でした。 足はなんとも大丈夫ですが、なにしろ暑くてたまりません。 まぶたの上からも汗が流れてくるので、目に入らないようにしょっちゅうタオルで拭いていました。 高原熊野神社は、前回の時には寄らなかったので、今回初めてです。 朱塗りの社殿は、熊野古道沿いの神社では現存最古のものです。 大きな楠がありました。 そこから100mほど先の高原霧の里休憩所に着くなり、一個目のアイスを食べました。
昼食は11時頃、大門王子でとり、30分ほどの休憩。 それからも小まめに数分程度の休憩をとりながら、上多和(うわだわ)茶屋跡でも休んでいると、滝尻王子で会った女性二人連れが追いついてきました。 東京から新大阪経由で前日田辺に宿泊し、二日かけて本宮まで行くといいます。 もうひとり男性の方も何度か後先になりながら歩いていましたが、ここでまた抜かされるかと思ったら、「もう追い越す気力はありません」とのこと。
そこからは、ほとんど下りが続きます。 牛馬童子口まで一気に加速。 道の駅で二つ目のアイスと栄養ドリンク。
20分ほど休憩し、牛馬童子像を見に行き、ゴールの近露王子へ。 近露王子へ向かう途中で、花山法皇が、少ない供の者を引き連れての熊野御幸の折、食事をしようとして箸を忘れたことに気付き、萱の茎を折って箸にしようとすると、茎から露がしたたり落ちたのを見て、花山法皇が「これは血か、露か」と言われたことから、牛馬童子のある峠を箸折峠、麓の里を近露と呼ばれるようになったといいます。 この花山法皇の天皇の座を追われる経緯などから、箸折峠でのこの哀しげな情景が目に浮かぶようで、胸にぐっときます。
← 近露
帰りは、旧道を通り、「野中の清水」の前を通りました。 車が停まっていて、水をくんでいる人たちがいました。 「まろやかだ」と言っている声に誘われ、私も一口飲んでみました。 そこから100mくらい上ると「とがの木茶屋」「継桜王子」「秀衡桜」がありました。 藤原秀衡夫妻が赤ちゃんを滝尻の岩屋に置いて、本宮へ向かう途中の野中の里で桜の枝を桧の株に突き刺し、「帰りにこの桜が咲いていれば赤ちゃんは無事なり」と祈願して、帰ってくると桜の木に花が咲いていたという話から、「秀衡桜」「継桜王子」という名前がつけられたそうです。
← 継桜王子
← 秀衡桜
次々に伝承続く熊野路のつきぬ興味に次どこ行こか (爽)
そうそう、家に帰ってから3個目のアイスを食べました(笑)。
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