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2007年8月

2007年8月29日 (水)

新宮市民会館壁画 『熊野』

新宮市民会館ロビー正面に壁画があります。 以前、市民会館に行った折には、ちょうどロビーで熊野古道の写真のパネル展示をしていたので、壁画があることすら気づきませんでした。

この壁画は、岐阜県で生まれ、新宮で育った村井 正誠氏の作品です。 村井氏は西村 伊作の影響を受け、文化学院で学ばれその後渡欧され、抽象画で有名な方らしいです。 新宮市名誉市民10名のうちのお一人で、このモザイク壁画は『熊野』と題されています。 氏の壁画の中でも最も大きいものだそうで、3m×16m あります。

村井氏のお弟子さんにお話を伺いながら、見学してきました。

なるほど、よく見ると、ヤタガラスや新宮市花にもなっている浜木綿、それに新宮、那智の名所なども描かれており、「これは何だろう?」と頭の中にある熊野に関するありったけの知識を総動員して、いろいろと想像するのも面白く、なかなか見応えのある素晴らしい作品です。

抽象画腕組みしながらイメージし一人で絵解きするも楽しや (爽)

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2007年8月26日 (日)

新宮市民大学

探究心旺盛な新宮市民に高度な学識と生涯学習の場を提供するため、明治大学と連携協力による新宮市民大学は、今年で2回目の開催だそうです。

人文講座と経済講座に分かれていて、明治大学から、林 雅彦法学部教授、居駒 永幸経営学部教授、森下 正政治経済学部教授による講義が行われました。

会場は地域職業訓練センターと福祉センターの二ヶ所。 駐車場のスペースが限られているので、ここで催しものがあるときには、30分前ぐらいには着いていないと、停めるところがなくなって大変です。 勉強好きな市民の皆さんで今日もまた混みあうだろうと早めに出てきましたが、なぜか余裕で停められ、休憩時に駐車場に行ったときにも、空きがありました。

私は、人文講座を聴講しました。 

居駒教授の【「日本書紀」神武天皇の熊野入りを読む 】では、日本書紀と古事記の記述方法の違いや、主題の読み方など勉強になりました。

林教授の【「金谷上人御一代記」に見る熊野 】では、金谷上人の大峯入りから本宮、湯の峯、熊野川川下り、新宮、那智、大辺路とたどった様子など、興味深く読みました。 弥山、玉置の玉石神社、串本の無量寺、長井坂や富田坂など、私も歩いて見てきた所がいっぱい出てきて、「うわぁ、ここも行ったよ」とちょっと嬉しくなるほどでした。 いただいたテキストの字面をざっと追っていっただけなので、じっくり読み直したいと思っています。

映画を見るとき、原作を先に読んだ場合と映画を先に見た場合とでは、印象が違いますね。 たとえば私の場合、『風とともに去りぬ』は映画を先に見たので、原作を読むときには映画のイメージが強く残っているし、『嵐が丘』の場合は、本が先だったので自分で作り出したイメージと映画のキャスト等の印象がかけ離れてしまいました。

どちらが先の方がいいかは一概には言えません。 旅行の場合でもそうです。 ルートや巡るコースを予め充分に調べたほうがいい場合もあるし、あまり窮屈に下調べ通りにこなそうとすると、それがかえって色眼鏡のようになってしまい、直感で見えるものも見えなくなってしまうことがあります。

予め知りつつ感動するときは、その感動が大きいように思うし、知らずに感動するときは、その感動は本物で新鮮だと思うのです。

私の場合の古道、山歩きは、歴史観が少なく、頭でっかちでなかったので、その感動もストレートに響いてきたように思います。

南国の光の恵みいっぱいに浴びて飲み込むしなやかな海 (爽)

何が言いたかったかというと、結局その時々に合った“しなやかさ”を保ちつづけたいということです。 それは決して優柔不断ではなく、真っ直ぐな心を持って、臨機応変に対処できる柔らかさ、とでもいうのでしょうか。

「頑固者が、何言ってるのか!」と笑われそうな気もしますが・・・(笑)。

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2007年8月23日 (木)

『草木巡礼』

昔、母は山野草が好きで買い集めて庭に植えていましたが、一年きりで長くは根付いたものは少なかったようです。

自然がたっぷり残るこの地に来て、私も少しは草木のことに関心を持つようになりました。 額に汗しながら古道や山を歩いている時に、草木(花)に出逢うと、乾いた喉を潤す一杯のお茶のようにほっとします。

本宮の古道沿いのささゆり、孔島の浜木綿、八経ヶ岳(仏経岳)のオオヤマレンゲ。 毎年、“花巡礼”するっていうのもいいでしょうね。

「花の名は?」「いつ頃咲く?」知りたくなり逢いたくなって待ち遠しくなる (爽)

本を読む楽しみのひとつに、そこから受ける知識や感動だけでなく、枝葉から広がっていくものがありますよね。 たとえば、本の中に引用されている言葉から智識が伸びていったり、ほんの小さな芽に光が当たったり、自分のことに置き換えて考えてみたり、と。

先頃読んだ横内 恭著『草木巡礼』の中に『世界樹木神話』の中のイギリスのブナ伝説のことが書かれていました。 たぶん都会(今より都会)にいればそれほど感じなかったかもしれませんが、“木の国”に住むようになり、森や林の中を歩く機会が多いので、そういう神話もまるっきり信じないわけでもありません。

この間、真夏の怪談ではありませんが、どきどき、ぞくぞくするような話を聞きました。 なんと知人が昔からよく知っている人に、神か仏の声を聞いて修行者になった人が二人いるそうです。

知人からお二人のそういうことになった経緯や、ちょうどその場に居合わせたときの状況など聞きました。 にわかには信じられないけれど、この地に住んでいると、そんなことが起こっても不思議でない気がします。

もうひとつ印象に残ったのは本の中で紹介されていた高田 好胤さんの“箸”の話です。 地獄と極楽での長い箸の使い方のたとえから、思いやりの心の大切さと、心の持ちようで、人生は地獄にも極楽にもなる、というものです。

そういえば箸って二本で一組。 人という字も。 う~ん、深いなぁ。 

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2007年8月18日 (土)

人恋しくて

夏の夜人恋しくてただじっとネットラジオのラブソング聴く (爽)

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2007年8月17日 (金)

佐野の柱松

佐野の柱松とは、新宮市佐野で、昔から五穀豊穣、害虫駆除などを祈願して行われる火の祭です。 昭和34年以降、資金及び労力不足のため中断されていたのを平成5年(34年ぶり)に復活され、今年で15年目だそうです。 母がこのお祭りを最後に見たのは昭和32年だったそうです。

17mの杉の木の15m部分に花火の入った籠があり、それに向かって紐で縛った松明を回転させながら投げ入れます。 投げ入れるのは見物客から募った30名。 ちょうど運動会の玉入れの要領ですが、籠の位置が高く、火のついた松明を一斉に投げるので、外れた松明がどこから飛んでくるかわからず、かなり危ないです。 最初に籠に投げ入れた人には、米一俵(60kg)が贈られます。

今日のプログラムは、

Dsc00135 6:30  式典 神主さんによる安全祈願、会場の松明に火をおこす
6:50    実行委員長と新宮市長の挨拶

                                           

Dsc00133 7:05  サニー・サイド・オーケストラ(地元のバンド?)による演奏



Dsc00138 7:20  三輪崎郷土芸能保存会による「鯨踊り」
     
(殿中おどり・綾踊り)
7:35  仕掛け花火


Dsc00153 7:45  創作太鼓「紀宝楽」の演奏



Dsc00155 8:10  ナイアガラ、仕掛け花火




Dsc00163 Dsc00164 8:25  御柱起て(佐野木遣り節)









Dsc00165 8:35  松明投げ




Dsc00167 Dsc00172 8:45  仕掛け籠点火、打ち上げ花火
9:00  終了








花火の数は少ないけれど、間近で見られ、プログラムも盛りだくさんで厭きさせず、予想以上に良かったです。 「鯨踊り」も「紀宝楽」の演奏も初めて見ました。

一斉に投げ入れられる松明の放物線も火の花となり (爽)

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2007年8月16日 (木)

朝の海

太刀魚の肌の色した朝の海今はキラキラすぐにギラギラ (爽)

今日も猛暑か。

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2007年8月15日 (水)

空と山

空色をバックにでーんと衝立のごとくに迫(せ)り出す山また山よ (爽)

いつも見る同じ山なのに、雨の日は遠くにかすんで見えるし、雨の翌日にはくっきりピントを合わせた写真のよう、今朝は何かもの言いたそうに前に出てきているように見えました。

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2007年8月13日 (月)

西大台

昨日は初めて「大台ケ原」に行ってきました。 大台ケ原は吉野熊野国立公園に属していて、トウヒやブナの森林が残る地域です。 9月から「西大台」は利用調整地区になり、一日の立ち入り人数が制限されることになりました。 西大台へ入るには予約申請が必要で、費用として一人当たり千円支払わなければなりません。 手続きが面倒になるので、今のうちに行っておこうという駆け込みが多いのか、同行者によると、今までになく人が多いということでした。

年間降雨量5000ミリというところで、6月には小雨を覚悟して駐車場まで行ったものの霧がひどくて引き返してきたことがありました。 今回も夜明け前にざあっと雨が降り出してきたので、またかと心配しましたが、近づくにつれて青空も見えてきました。

大台ケ原の駐車場までもうすぐ、というところで、シカ3頭が前の車のそばを通ったらしいです。 残念ながら私は見逃してしまいました。 東大台の方にはシカが多く、西でも見かけるときはあるというのでちょっと楽しみにしていましたが、昨日は出合いませんでした。 

山登りは普通、駐車場から登って頂上に立ち下りてくるパターンですが、この西大台では、最初に下っていって、最後にまた登って駐車場に帰ってきます。

Dsc00116 駐車場から階段を下っていくと、すぐに大台教会がありました。 吊り橋が2箇所あり、沢を4回くらい渡りました。 沢を渡るときは水の中の石が滑りそうで、こんなときこそステッキがあると便利だよと言われましたが、リュックから外すのが面倒で、恐々とでしたがなんとか渡りました。 もう一箇所はロープがあったので、ロープに頼るわけではありませんが、一応手に持って石の上をひょいひょいと渡っていきました。 ステッキを両方に持って渡った人もいましたが、そちらの方が危なさそうに見えました。

Dsc00117 お昼過ぎで気温は20度。 荷物を背負って歩いているので体感温度は27度くらいかな。 川の水は澄んでいて冷たく、手を洗っていたら、真っ黒いメダカのようなものが泳いでいます。 サンショウウオの子供らしいです。 アマゴも泳いでいてメンバーの話だと、あのくらいの大きさが一番うまいんだと言っていました。

Dsc00120 Dsc00124 開拓分岐点から展望所へ向かうとそこからは、大蛇ぐらや滝が見えていました。 写真ではガスがかかってしまいました。 少し休憩して開拓分岐点へと戻り、開拓跡、七ツ池を通り、駐車場へと戻りました。 駐車場出発が8:40、同到着が13:40、ハイキングといった感じでした。

Dsc00121 人数をチェックしているのか、こんなものがいくつもありました。



Dsc00122 トリカブトもいっぱいあります。 初めてみました。



Dsc00125 Dsc00126 Dsc00127 Dsc00130 Dsc00131 Dsc00132 駐車場は満杯で、車は道路にまではみ出て停めてありました。 紅葉の頃はもっと凄いらしいです。 東大台にもまだ行ったことがないので、そのうち行きたいと思っています。

そして昨夜、

流星群待つともなしに目覚めれば夜半のあらしのかなしき音ぞ (爽)

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2007年8月11日 (土)

天然あわびとウニ

夕方には、また叔父が「カマスのお寿司」を持ってきてくれました。 今朝釣ったのみたいで、酢につけていた時間が短いようで、カマスはまだ生っぽい感じでした。 それと取り寄せしていた「うなぎのおこわ」を食べていたら、叔母が「夕飯もう食べたか?」と入ってきて、手に何か持っています。

とりたてのあわびとウニでした。 叔母がつくってくれて、お皿に並べると、やっぱり豪華ですね。

まず一切れ。 何もつけずに食べてみる。 意外と柔らかくて甘い。 次に、摘果したみかん酢入りの二杯酢につけて食べてみる。 これにつけたほうがなお美味。 ニョキニョキといった歯ごたえ。 母はわさび醤油で食べている。

父はすでに缶の生ビール一本飲んでしまって、ウィスキーを出してきた。 相変わらずちびちび食べている。 私は自分の分をさっさと食べてしまって、後から入ってきた叔父と話をしていると、あわびの“オンブシ”と“メンブシ”では、歯ごたえがちがうのだとか。 (叔父は魚の同じように“オンブシ”と“メンブシ”と言ってたけど、いいのかな?) 私が食べていたのはメンブシの方で、父の食べているほうがオンブシ。 雄の方がコリコリと歯ごたえがあり、雌の方は、それより柔らかめ。 値段は雄の方が高いんだそうです。 そんなことを聞いて、父のお皿のと比べると、そちらの方が色も白いような気がする。 一切れとって食べてみると、コリコリ。 うん、ほんとだ、こっちの方が歯ごたえがあって、あわび食べてるという感じするかも。 

ウニは、赤ウニって言ったかな。 これも甘かったです。

熱々のおかいさんから一転しあわびとウニに今度はホクホク (爽)

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おいもさんのおかいさん

今まで、神棚もお仏壇も家には祀っていなかったので、こちらに来て、お盆を迎えるのも初めてです。 やはり土地の“しきたり”というものがあるらしく、何日には何をお供えすると決まっているそうです。

スーパーにも、お供え用の野菜や果物のセットがパックになって売られていて、小さな野菜のパック詰めは、いったい何が入っているのだろうと中身を覗いたりしていました。

家の畑から採った小さなナス、まだ緑色の柿、これも緑色のみかん、そしてサツマイモなどをお供えしました。 カボチャも小さいオレンジ色のをいただいたので、それも一緒に。 その他、果物をいろいろ。

余分に掘ってきたサツマイモで、久々に「おいもさんのおかいさん」にしました。 サツマイモは初物です。 この辺では、お粥のことを「おかいさん」と言います。 うちでは、これにさつまいもを入れた「おいもさんのおかいさん」にします。

戦争中に、サツマイモをいやというほど食べさせられたから、見るのもいや、食べたくないという人もいるようですが、うちの母はそれでもサツマイモは好きで、昔からよく天ぷらにもしました。 おかいさんも「おいもさんのおかいさん」でなければ、「おかいさん」食べた気にならないというくらい、ほとんど必ずサツマイモ入りです。

白いおかいさんの中の紅いサツマイモ(皮つき)は、目にも鮮やか。 ちょうど白地に赤い金魚の絵が入っている子供のゆかたのように涼しげでもありました。

炊き立てのおかいさんをハフハフとやけどしないように口にいれ、まだ小さかったサツマイモもほんのり甘くホクホク。 ホフハフ、ホフハフしながら、今度は、叔母さんの手作りの酸っぱい梅干をちびちび箸で切りながら間につまむ。 あまりの酸っぱさに口元が梅干婆のようにしわが集まる。 そしてまた、酸っぱさを忘れさせるように、おかいさんをホフハフ、ホフハフ。

おかいさん“い”を“あ”にするとおかあさん白い優しさ身に温まる (爽)

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「山」と「古道」

昨日8/10は「道の日」でした。 たまたま市庁舎で見かけたポスターで知りました。

日本中から観光客が訪れる、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を目の当たりにし、せっかくこの地に住むようになったので、登録箇所はすべて歩いてみたいと思っています。

最初のうちは、「熊野古道」というと熊野那智大社の大門坂に代表されるようなところをイメージしておりましたが、歩いてみると、上り下りの急な山道や、すぐ横は崖という崩れそうな細い道があったりしてその険しさに驚いたものです。

いくつかの「(熊野)古道ウォーク」に参加するうちに、いわゆる「山仲間」が出来ました。 「じゃあ、また山行こうね。」と誘われる度に、「あのぅ、山じゃなくて、『古道』に行きたいんだけど。」と言うと、「『古道』も山だよ。 山に登れるくらいの体力がないと『古道』歩きもできないよ。」と言われて、そんなものかなぁと思っていましたが、だんだんとそれもわかるようになってきました。

知人はこの夏に南アルプスへ登るそうです。 山小屋に二泊するというので、山小屋経験もない私には、体力的にもまだ無理だろうと思って今回は参加しませんが、一度くらいはそんなところにも行ってみたいと思っています。 日の出、夕焼け、星空、珍しい動植物など、話を聞くと、後白河法皇の『梁塵秘抄』 「空より参らむ 羽賜べ若王子」じゃないけど、ひとっ飛びに行ってみたくなります。

二階から見る朝焼けの美しさ2000m上はさぞかし (爽)

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2007年8月10日 (金)

カマスのお寿司

このところ、叔父からよくカマスをいただきます。 夜明けと同時に船を出し、朝7時半には釣りたてを家に届けてくれます。 港から近くで釣れるらしく、釣っている姿が港の方からも見えるらしいです。 当然他の船からも見えて、あそこは釣れているなと思ったら次ぎ次ぎと船が寄ってくるんだそうです。

今頃のカマスは、まだ小さく20センチくらいです。 本で見ると、なんと餌なしで釣れるらしく、黄色か赤だったか、そういうカラフルな糸を上下に動かすだけで、ぴょんとくらいつくらしいです。 

秋になると、50センチくらいになり脂も乗ってくるそうです。

この20センチのカマス、何といっても美味しいのはお寿司。 ここ2週間ほど、2,3日置きに食べています。 

~~ 作り方 ~~

1.うろこを取る
2.頭とはらわたを取り除き、水洗いする。
3.背開きにして、背骨を取り除く。
4.塩をたっぷり振って、20分くらい置いて水洗いする。 このとき洗い過ぎない。(塩加減を味見する)
5.それを、みかん酢を加えた甘酢に8~10時間つける。
みかん酢は、今なら温州の摘果(てっか)した青いみかんを使いますが、カボスならなお良し。
6.寿司飯をつくり、押し寿司にする。

つんとすましたカマスのお寿司の出来上がり。
見目麗しく、味にクセがなくこの上なく上品。

うちでは、恵方まきのように、このカマスの押し寿司を(包丁を入れずに)そのまま両手の平で持って、豪快にガブリンコ。 ふふふっと至福の時。

空いてても空いてなくてもいくらでもお腹に入るお寿司ならでは (爽)

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2007年8月 8日 (水)

「藤原定家の熊野御幸」

神坂次郎著「藤原定家の熊野御幸」を読み終わりました。 藤原定家というと、歌人。 それだけでおっとりしたイメージがありましたが、本によると、後鳥羽上皇のお供での旅の様子には、一般人と変わらぬそそっかしいところがあったりして意外でした。

上皇一行の先駆けをして儀式や食事、宿舎の世話をしなければならない役目があって、のんびり歌ばかり作っていられず走り回っていたようです。 このとき上皇は22歳、定家は40歳だそうです。

本宮町伏拝にある道の駅「ほんぐう」の中に熊野古道の展示コーナーがあり、定家の旅の様子がかわいいイラストで紹介されています。 絵巻のお土産品にもなっています。

熊野古道の花を集めた図鑑には、必ず「テイカカズラ」が載っています。 定家の名前がついているので、真っ先に気に留めて、実物を見るのを楽しみにしていました。 花の時期はちょうど5月ぐらいだったでしょうか。 つる植物であることと、白い花びらのまわりがフリルのようにひらひらとしているので、見わけやすく、あちこちの古道沿いで見ることができました。

名ばかりの立秋の日に冷房病?きりきり痛む頭かかえて (爽)

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2007年8月 6日 (月)

ボランティア活動

ボランティア活動に個人で参加するのも、恥ずかしながらこちらに来て初めての経験です。 これだけ素晴らしい自然を前にしていると、人間の捨てたゴミでそれらが汚されるのを黙ってみてはいられません。 といって、一人で作業するほどの気もなく、今回のような孔島・鈴島清掃ボランティアの呼びかけを待っていました。

大勢で一斉に作業するほうが時間も短くて済むし、みんなで一緒に同じ汗をかいて、地域の環境保護という観点からも少しは役に立ったという想いを経験することも大切ですね。

ゴミ拾い真夏に流す玉の汗海だけでなく心も浄化 (爽)

和歌山に来て、ボランティアの種類も団体の数もすごく多いように感じます。 現在、私もいくつかのボランティアの仕事にかかわっています。 今後、地方分権が進むとますます地域でいろんなボランティアの必要性が増えてくるのでしょうね。

ただ、ボランティアも、人から強制されたり、自分の中で義務感が高じてきたりすると、かえって負担となる場合があるようです。

先頃、高野山に旅行した折に、何人もの人の優しさに助けられました。 信心しているわけではありませんが、それも観音さまのお導きかと、嬉しく思ったものでした。 

弘法大師の「それ仏法遥かにあらず・・・」ではありませんが、ボランティアも自分で出来る処で出来ることをすればいいんだと思います。 災害の被災地に、それが遠くにあっても、そこまで時間とお金をかけて助けに行く人のニュースを見たりすると、立派で偉いなぁと思います。 私など到底マネできないなぁといつも感心するばかりです。 でも、遠くまで行かなくても一人一人が出来ることというのはたくさんあると思うのです。 そのひとつでも実践できればいいのではと思います。

その人でなければ出来ないこと、その時でなければ出来ないこと、といったタイミングもあるでしょう。 ボランティアという大仰しい看板を掲げなくても、ごく自然に無理なく、身の回りの人や物に優しい気持ちで接することができれば、それこそが本当のボランティア精神だと思うのです。 

以上“青年の主張”みたいなことを書き連ねましたが、これがこのところ『ボランティア活動』について感じていたことです。

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2007年8月 5日 (日)

孔島・鈴島クリーン作戦

お正月に孔島・鈴島を歩いたときには、ゴミがいっぱい落ちていてビックリしました。 通りがかった地元の人に「ボランティアでみんなで掃除するようなときはないんですか? そういう機会があればいつでも参加するんだけど。」と聞いてみたら、「これでも年末に掃除したばかりで、次はお盆前かな?」と言っていました。
 
今日はその、吉野熊野国立公園内美化運動の一環として、孔島・鈴島の清掃作業が行われると聞き、朝起きれたら参加してみようと思っていました。

昨夜になって「ゴミ拾うのに火ばしがあった方がいいんじゃない?」と母が言い出し、買いに行きました。 そんなもの今時売っているのかと探したら、キャンプ商品売り場の一角に置いてあるんですね。 一本298円でした。

帽子、首にタオル、軍手、火ばしを持って集合場所の三輪崎漁業協同組合前に着いたのが10分前。 かなりの人が来ています。 20~30人くらいを予想していたのに、ざっと100人、それ以上集まっていたかもしれません。 子供たちの姿も目だってました。 中学生や高校生の運動部全員で来ていたり、小学生くらいの子供連れの家族とか、婦人会や老人会など団体で参加している人たちもいました。 こんなに参加者が大勢いるのだったら、私は来なくても良かったのかなぁ、なんて一瞬思ったくらいでした。

山仲間二人にもばったり会いました。 一人は山の会のリーダーで、ついでに9月の山行の申し込みをしておきました。

7時に開会式が始まり、簡単な挨拶のあと、ゴミ袋と必要な人には軍手が配られました。 分別するのにゴミ袋は3種類持っていたほうがいいというので、私もゴミ袋3つ手に持ったものの、「こんなにゴミあるかなぁ、折角来てゴミの一つも拾わないのもなぁ。」なんて考えながら、みんなとぞろぞろ防波堤を歩いていきました。

花壇に座り込んで草むしりをしている団体もいます。 そうか、それで鎌を持っている人がいたんだ。 知り合いの人は婦人会の仲間の人達と鈴島で作業するというのでそこで別れて、私は浜木綿がどうなっているかを見たくて孔島の方へ向かいました。

母の言うとおり、火ばしを持っていって正解でした。 タバコの吸殻がけっこう落ちていて、火ばしの先でつまみやすかったです。 私の拾ったゴミの一位はタバコの吸殻、二位はお弁当のバランとかビニルのゴミ、三位はハッポースチロールのカケラでした。

早朝にゴミ拾いする真夏の日シャワーの後は一日スッキリ (爽)

汗をかきかき参詣道(古道)を歩くのと、どこか似ていて、一人で黙々とごみ拾いしている間はそのことに気持ちが集中していて、汗が流れるのも苦にもならず、それでいて、終わったあとの心地よさは、くせになってもいいかなと思えるくらい、いいものでした。

あの、神倉神社の石段を毎日掃き清めてくれているオジサンたちの心のうちが少しわかったような気がしました。 とてもマネはできませんが。 この次会ったら、「お疲れ様」というより「ありがとう」と伝えたいですね。

それで、浜木綿は、というと本当に孔島全周に群生していました。 残念ながら時期はもう終わりかけでした。 来年はもっとこまめに花の様子を見に行かなくてはいけませんね。

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2007年8月 3日 (金)

100円野菜ショップ

街中にいくつも100円野菜ショップなるものがあります。 農家の人が、自家用にとれた野菜の食べきれない分をビニルの袋に入れて、自分ちの前の屋根つきの小さなお店(無人)に置いて売っています。 例えばナスだったら4個くらいで100円。 ナスは今、スーパーでは1つ100円くらいします。 それに比べるとかなり安くて何といっても朝のもぎたてなので、人気があります。 そういう100円ショップは私が知っている範囲でも6軒ありますが、一番数多く置いてあるそのお店は、2週間前では9時半に行っても野菜はあったのに、今日など8:55の時点で私が買ってきたのが最後でした。

100円の朝取り野菜の人気店日に日に早く売り切れじまい (爽)

タッチの差で買えなかったこともあります。 そういう人が翌日更に早く来るのでしょうね。
一軒行って欲しいものが買えなかったら、すぐ近くの何軒かを渡り歩きます。 それでもない場合はスーパーへ。

きゅうりなら4,5本で一袋。 このあたりは白きゅうりというのもよく見かけます。 きゅうりは絶対それ、と好む人もいますが、二度ほど試しに食べたことがあるけれど、かたくてどこがいいの?という感じでした。 白きゅうりも時期があるのか、最近は見かけません。 普通のきゅうりばかりです。

ぬか漬けをしているので、毎日きゅうりやナスがいるんですよね。 うちのナスもとれますが、あまり小さいのをとると苦いみたいです。 この間は、ひょろ長いナスが置いてあり、お店の人に聞いてみると、焼きナスにするにはこっちの方が美味しいんだと言われ、買ってきました。

ちょっと前まではトマトとか、大根の葉(お漬物用)などもありました。 ずいきも安かったし、ハチクを見つけたときは(あれは5月頃だったか)数袋買ってきて家に帰ってからビニルの中をあらためて見ると「やっぱり安かったね、全部買い占めてくるんだったね。」と言ったくらいでした。

枝豆やインゲン、オクラが置いてあったときもありました。 枝豆は叔父がときどき持ってきてくれるし、インゲンはうちのがいやというほど取れて、今思えば、100円で売れたかな(笑)。

最近、小さなスイカが置いてあるときがあるのだけれど、あれは普通のスイカのように食べるのか、赤いのか、甘いのか、さっぱりわからず、見ているだけです。

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2007年8月 2日 (木)

ハープ&ダンス

昨日15時から速玉大社で、ハープセラピストの小倉知香子さんとスピリチュアルダンサーの板倉リサさんの奉納演奏がありました。

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神前に奉納されし楽の音とダンスの波動、鼓動と変わる (爽)

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2007年8月 1日 (水)

造花報道にショック

8/1付け紀南新聞において、徐福公園墓地内に供えられている花は造花だという記事が載っていました。 これにはビックリ。

実はつい1週間くらい前に、初めて観光ガイドとして徐福公園のボランティアガイドをしてきたばかりでした。 平日でしたが、けっこう訪れるお客さんの数も多かったです。 青春18切符を利用して新宮駅に降り、次の電車の発車までの数時間を市内観光にあてるという方も数組いらっしゃいました。 この徐福公園は新宮駅から一番近い観光スポットなので、真っ先にここを訪れるようです。

私も連日、研修のために出かけていました。 ガイドのマニュアルに、「お墓の前にはお花が絶やさずお供えされている」といった文言があり、私もまさかそれが造花だったとは知らずに、説明していました。 ただ、今にして思えば、ここの花は、比較的色が鮮やかで、中国風の極彩色の楼門と同様に、お花も色の濃いものを選んでいるのかな、と勝手に解釈していました。 造花だなんて思ったこともないので、触ってみることもありませんでした。

だから、この新聞記事には驚いたと同時に、なんか騙されていたような、またガイドした手前、知らなかったとはいえ、私まで観光客の方を騙したような感じがして、申し訳なく、また恥ずかしいです。

なお、新聞記事によると造花は7/30までで7/31から生花が供えられているそうです。
あとで、確かめにいってこよう。

親しみを感じ始めていただけに造花の記事にショック隠せず (爽)

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